- TOP
- 屋台
屋台の投稿一覧
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:306 高松市片原町・昭和4年生まれの女性の証言 2022.07.28
戦前~戦後の片原町のうどんの想い出 大きな釜の「おかか」といううどん屋さんが有名だった 戦前の片原町界隈はずいぶん華やかだったそうですね。 片原町の古天神さん、あそこらへんが一番賑やかやった。 ご近所にうどん屋さんはありましたか? 戦争で焼ける前の話やけど、御坊さんいうお …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:306 高松市片原町・昭和4年生まれの女性の証言 2022.07.28
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:291 仲多度郡まんのう町羽間・昭和12年生まれの男性の証言 2019.03.18
「二番粉(にばんこ)」のうどんがおいしかった 法事のうどん 昔はな、農家でもそんなにしょっちゅううどん食べてはおらなかった。いろんな仕事の区切りとか、お正月前の年末とか、仏事とか。仏事も、法事にお参りに来たら法事が始まる前におうどんを出す。その時は湯だめのうどん。それを食べてもらって …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:291 仲多度郡まんのう町羽間・昭和12年生まれの男性の証言 2019.03.18
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:289 高松市田町・昭和34年生まれの男性の証言 2019.03.11
キャンペーンに来た森進一がうどん屋に逃げ込んだのを見た(笑)(二勝寿司 岡本信二さんのお話) 昭和40年代の田町の食堂 僕は昭和34年に三本松で生まれて、4歳の時(昭和38年)に親が今の場所(高松市田町)で寿司屋を始めたのでこっちに移って来ました。当時はお店が猛烈に忙しくて、一日に何回もお寿司のご飯を炊かないかんくらいだったので、 …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:289 高松市田町・昭和34年生まれの男性の証言 2019.03.11
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:282 観音寺市駅通り・大正15年生まれの女性の証言 2018.09.24
打ち込みうどんは“切り込み隊” 「観音寺のうどんは柳川さんじゃな」 観音寺のおうどんなあ。昭和の初め言うたら「柳川」さんくらいじゃな。一番古いんはな。昔はようけあったけど、「岩田」さんも閉めたしな。昔は方方にあったんや、私が子供の自分にはな。けどみんな一代でやめたけんな …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:282 観音寺市駅通り・大正15年生まれの女性の証言 2018.09.24
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:261 高松市栗林町・昭和13年生まれの男性の証言 2018.01.01
アズマヤのうどんは喫茶を始めた時からあった(藤本デザイン研究室・藤本誠さんのお話) うどん作りは自然に覚えるものだった ウチの家は高松の栗林。旧市内や(「旧市内」は大正10年11月1日に高松市が香川郡栗林村を編入した時点での市域。要するに高松市の中心市域です)。元は栗林の集会場の所にあった「ひかり製紙」という製紙工場や。 …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:261 高松市栗林町・昭和13年生まれの男性の証言 2018.01.01