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小麦粉の投稿一覧
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:268 高松市東植田町・昭和17年生まれの女性の証言 2018.01.25
豊作を祈願する「地鎮さん」の時に、集落のみんなでうどんを食べた 御当屋の家で、うどんを食べながら集落の話し合い 家は農家。周りもみんな農家で、集落の色んなことを話し合って決める集まりがしょっちゅうあってな。「御当屋(おとや)」と呼ばれる世話人の家でするんやけど、そんな時は必ず、うどんを作って食べた。し …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:268 高松市東植田町・昭和17年生まれの女性の証言 2018.01.25
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:267 丸亀市魚屋町・昭和30年生まれの男性の証言 2018.01.22
丸亀の味は先々代あたりで決まっていた(有限会社原田商店・原田純さんのお話) 昔の商家でそのまま乾物屋 --原田商店さんは乾物屋さんですが、実は「丸亀市内に乾物屋さんが数軒あって、その乾物屋ごとの味をうどん屋さんに教えていって今の丸亀のうどんの味ができた」という話を聞いたんですが。 ほうな。それは知らん(笑)。けど …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:267 丸亀市魚屋町・昭和30年生まれの男性の証言 2018.01.22
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:263 観音寺市植田町・昭和22年生まれの女性の証言 2018.01.08
母親のうどんは、山梨と香川のハイブリッドだった 家のうどんは“ほうとう”だった 生まれは観音寺の植田町。家は瓦屋やったん。おうどんは母親がしよった。踏んでたよ、アタシも。でもね、アタシんとこは母が山梨なん。だから、おうどんは“ほうとう”ばっかりやった。「今日はあのおうどんしよう」言うた …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:263 観音寺市植田町・昭和22年生まれの女性の証言 2018.01.08
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:261 高松市栗林町・昭和13年生まれの男性の証言 2018.01.01
アズマヤのうどんは喫茶を始めた時からあった(藤本デザイン研究室・藤本誠さんのお話) うどん作りは自然に覚えるものだった ウチの家は高松の栗林。旧市内や(「旧市内」は大正10年11月1日に高松市が香川郡栗林村を編入した時点での市域。要するに高松市の中心市域です)。元は栗林の集会場の所にあった「ひかり製紙」という製紙工場や。 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:261 高松市栗林町・昭和13年生まれの男性の証言 2018.01.01
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:259 坂出市中央町・昭和26年生まれの男性の証言 2017.12.25
坂出の商店街の中に4、5軒くらいうどん屋があった おじいさんが小麦粉関係の仕事で坂出に引っ越してきた 坂出生まれの坂出育ちで、成人してからは仕事で全国を回ってました。私の親の代は高松の庵治に住んでいて、私のお爺さんが日清の小麦粉に関する仕事をしてた関係で坂出に引っ越して来ました。 お爺 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:259 坂出市中央町・昭和26年生まれの男性の証言 2017.12.25
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:256 旧三豊郡豊中町・昭和12年生まれの女性の証言 2017.12.14
余った法事のうどんを坊さんが持って帰っていた 農協で交換した小麦粉で打ち込みうどん 生まれは豊中町(旧三豊郡豊中町・現在は三豊市に合併)の農家で、観音寺市にお嫁に来たとこも農家やった。 昔は家でおうどん打っちょったね。うちは母親が練って丸めてな。うまいことこうやって、伸ばっしょった …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:256 旧三豊郡豊中町・昭和12年生まれの女性の証言 2017.12.14
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:251 高松市三谷町・昭和15年生まれの男性の証言 2017.11.27
近所の連中が集まってうどんを作るのは、当時の最大の娯楽 小麦は売っても安いため、うどんにして食べた 打ち込みうどんは昔、よう食べた。自分とこだけじゃのうて、三谷(高松市)の人間ならみんな食べとったやろ。 当時、三谷に住んどった人間は農家ばっかり。山の斜面にも田んぼや畑があったほど、農業が盛ん …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:251 高松市三谷町・昭和15年生まれの男性の証言 2017.11.27
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:250 旧香川郡塩江町安原・昭和17年生まれの男性の証言 2017.11.23
挽き立ての小麦粉は熱くて運ぶのが大変だった 家には中学まで電気が来てなかった 僕は塩江(旧塩江町・現在は高松市に合併)の安原ですね。昔、塩江にガソリンカー(塩江温泉鉄道・1929年から41年まで仏生山と塩江の間で運航されていた)いうガソリンで走る鉄道が走んりょったんやけど、戦争で燃 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:250 旧香川郡塩江町安原・昭和17年生まれの男性の証言 2017.11.23
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:249 高松市三谷町・昭和20年生まれの男性の証言 2017.11.20
昭和20年代にあった農協の「全自動うどん製造機」 農協に小麦を預けて麺にしてもらっていた 小学生の頃(昭和20年代後半)、お昼ご飯の前になると、母親からよく「うどんを作ってこい」と言われた。おつかいで行かされた場所は、農協。農協には、家で作った小麦を大量に預けていていた。その小麦で農協は …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:249 高松市三谷町・昭和20年生まれの男性の証言 2017.11.20
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:247 高松市三谷町・昭和19年生まれの男性の証言 2017.11.13
農協のうどんを作るところは町の溜まり場 こんまい頃(昭和30年前後)は、農協で作ってもろたうどんを食べとった。農家をしよったんやけど、田んぼで小麦も作っとって、収穫したらいっつも農家に60kg預けとった。やけど、農協で粉にしてもろたら半分くらいにしかならん。その小麦粉で、うどん …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:247 高松市三谷町・昭和19年生まれの男性の証言 2017.11.13