- TOP
- お土産
お土産の投稿一覧
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:296 綾歌郡綾川町滝宮・昭和10年生まれの男性の証言 2019.10.31
お見合いでうどんをお代わりしたら「OK」?!(綾川町うどん研究会会長 杉村和則さんのお話) 家で作った小麦を「水車さん」で粉に挽いてもらって… 僕は昭和11年生まれだから、小さい頃は食料統制の時代でした。戦中は米もサツマイモも全部供出で、家に残るのはとても売れないようなイモの筋くらいでね。イモの葉っぱまで食べよりましたから、食べ …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:296 綾歌郡綾川町滝宮・昭和10年生まれの男性の証言 2019.10.31
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:295 坂出市文京町・昭和8年生まれの男性の証言 2019.07.08
坂出のうどん屋も様変わりした(坂出の老舗「下川サイクル」の二代目下川一雄さんと三代目の息子さんのお話… こんまい時は「ぴっぴ食べるか?」て親に言われよった 讃岐言葉でうどんは「ぴっぴ」言いよった。わっしゃ、こんまい時は「ぴっぴ食べるか?」て親に言われよった。ちっちゃい時、幼稚園や行きよるぐらいの時やわな。大東亜戦争の前頃はよう言よったな。 …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:295 坂出市文京町・昭和8年生まれの男性の証言 2019.07.08
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:294 丸亀市綾歌町岡田下・昭和30年生まれの男性の証言 2019.07.04
昭和30年代の綾歌の記憶 法事のうどんは全部家で作っていた 私のところはずっと農家で、米の裏作にはタバコを作っりょった。小麦? 小麦は作ってない。このあたりはほとんど米と裸麦で、小麦はほとんど作ってなかったですよ。 子供の頃のうどんの記憶というと、法事の時のうど …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:294 丸亀市綾歌町岡田下・昭和30年生まれの男性の証言 2019.07.04
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:291 仲多度郡まんのう町羽間・昭和12年生まれの男性の証言 2019.03.18
「二番粉(にばんこ)」のうどんがおいしかった 法事のうどん 昔はな、農家でもそんなにしょっちゅううどん食べてはおらなかった。いろんな仕事の区切りとか、お正月前の年末とか、仏事とか。仏事も、法事にお参りに来たら法事が始まる前におうどんを出す。その時は湯だめのうどん。それを食べてもらって …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:291 仲多度郡まんのう町羽間・昭和12年生まれの男性の証言 2019.03.18
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:284 三豊市三野町大見・昭和33年生まれの男性の証言 2018.11.29
砂糖を入れたらうどんが止まる(笑)(「讃岐ラーメンはまんど」森敏彰さんのお話) 養鶏農家で山海のうまいもんを食って育った 最初に子供の頃のお話ですが、ご実家は何をされていましたか? 養鶏農家でした。それも鶏を年間20万羽ぐらい出荷してましたから、かなり大きな規模の養鶏業をしてましたね。県から送り込まれた養鶏の研修生み …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:284 三豊市三野町大見・昭和33年生まれの男性の証言 2018.11.29
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:269 高松市東植田町・昭和15年生まれの女性の証言 2018.01.29
祭りや法事の際に親戚へ渡すお土産は、お重に入れたうどん玉 うどん玉の入ったお重が、親戚の間で行ったり来たり うどんといえば、嫁入りする時に持たされた「お重」を想い出します。お祭りや法事がある時には必ずうどんを作り、集まった親戚にご馳走しましたが、お土産としてもうどん玉を用意しました。その際、嫁入 …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:269 高松市東植田町・昭和15年生まれの女性の証言 2018.01.29
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:250 旧香川郡塩江町安原・昭和17年生まれの男性の証言 2017.11.23
挽き立ての小麦粉は熱くて運ぶのが大変だった 家には中学まで電気が来てなかった 僕は塩江(旧塩江町・現在は高松市に合併)の安原ですね。昔、塩江にガソリンカー(塩江温泉鉄道・1929年から41年まで仏生山と塩江の間で運航されていた)いうガソリンで走る鉄道が走んりょったんやけど、戦争で燃 …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:250 旧香川郡塩江町安原・昭和17年生まれの男性の証言 2017.11.23
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:243 高松市田町・昭和31年生まれの女性の証言 2017.10.30
町中のうどん屋で生まれ育って、嫁いだ先でまたうどん 祖父が田町でうどん食堂をやっていた 私は昭和31年に田町の商店街で生まれて、高校1年の冬まで住んでいたんですけど、私のおじいちゃんがそこでうどん屋をしてたんです。おじいちゃんの名前の「久三郎」から取って「すし久(きゅう)」っていう名前の店 …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:243 高松市田町・昭和31年生まれの女性の証言 2017.10.30
-
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:232 高松市塩上町・昭和2年生まれの男性の証言 2017.09.14
酒飲んだ帰りに夜鳴きうどん食って帰った(㈱溝口食糧・溝口要さんのお話) 家は高商近くの米屋 こちらのお米屋さんの創業は何年になりますか? 昭和5年です。僕は高松商業在学中に学徒動員されて、仮卒業して飛行訓練をしているうちに終戦になって、高松に戻ってきたのは昭和20年の大晦日。親父が食糧公団から変わった「食糧営 …
-
- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:232 高松市塩上町・昭和2年生まれの男性の証言 2017.09.14