香川県民のさぬきうどんの記憶を徹底収集 さぬきうどん 昭和の証言

高松市国分寺町・昭和26年生まれの男性の証言

盆栽職人たちの「ドジョウ汁」

(取材・文:

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  • vol: 260
  • 2017.12.28

自前の大鍋で一度に50人前を作る

 平成29年10月22日、高松市国分寺町の橘の丘運動公園ゲートボール場。台風余波で降りしきる雨の中、盆栽職人を示すそろいのジャンパーを羽織った数人の男たちが大鍋を囲んでいた。ここは日本一の松盆栽の生産を誇る高松市の盆栽イベント・第30回グリーンフェスタ国分寺の会場である。

 大鍋の横には、大ぶりに切った田イモ(サトイモ)、油揚げ、豆腐、ネギが入ったざるが並んでいる。ざっと50人前というから、その量もかなりのものだ。段ボールの中には長めの生うどん。バケツの中には、キュッ、キュッと声を上げながら主役のドジョウがうごめいている。ドジョウたちには、やがて日本酒が振る舞われる。臭みを取り、骨を軟らかくする効果があるそうだ。酒が注がれると、途端にドジョウたちの動きが激しくなる。キュッ、キュッの音量も増してきて、一斉に「ほら、喜んでいるぞ」と声が上がる。やや残酷!

 直径1mもありそうな大鍋の中には、コンブとスライスしたニンニクで出汁を取った湯が煮えたぎっている。頃合いを見て田イモのぶつ切りが入る。イモに箸が通るくらい煮えたら油揚げを入れ沸騰させる。揚げからもいい出汁が出るそうだ。

 うどんは塩抜き。ドジョウ汁用に塩抜きの生うどんを作ってくれるうどん店もある。生うどんをばらばらと鍋に入れ、棒で混ぜながら食べごろの硬さまで煮る。そこでドジョウを入れ、ドジョウが白くなるくらいまで煮る。ネギ、ゴボウが入り、豆腐も入る。全部煮えたら味噌で味付けをして出来上がりだ。場所によっては、ナス、ダイコン、カボチャ、ニンジンなど、有り合わせの野菜が入るところもある。作り手によって、材料も違えば味も違うのがドジョウ汁の魅力のようだ。

 ドジョウ汁が炊き上がると、盆栽フェスティバルのイベントや販売で忙しい盆栽職人やその家族たちが三々五々やってくる。「ドジョウようけ(たくさん)入れて」。「ドジョウ抜きで頼むわ」。好みはそれぞれながら、大概の人がお代わりをする。同じ釜の飯ならぬドジョウ汁は、年中忙しい盆栽職人たちの何よりの親睦の場になっている。

 この日の鍋を仕切っていたのは、盆栽の中でも山野草を得意とする昭和26年生まれの男性。可憐な花に囲まれた普段の繊細な仕事ぶりと打って変わって、ドジョウ汁作りは豪快そのものだ。「実は、我々の国分寺農協盆栽部会には部会がこの鍋を持っているんや。個人で鍋を持っている人もおるで。みんな昔からドジョウ汁が好きで、暑気払いや繁忙期の打ち上げに鍋を炊いたもんや。これがあると、酒も弾むしな…」と鍋奉行は笑う。

昔はドジョウもうどんも自給自足

 現在高松市になっている国分寺町のある旧綾歌郡は、昔からドジョウ汁の盛んな土地柄である。盆栽農家の皆さんも、親や祖父の代から盆栽を手伝い、節目節目に休みのない重労働の慰労の意味を込めたドジョウ汁を楽しんできた。

 今でこそ、うどんはうどん屋に塩抜きを注文、ドジョウはスーパーで買えるなど準備も簡単になってきたが、昔は、野菜はもちろん、うどんもドジョウもみんな自分たちで調達していた。まず、誰かが井出ざらえなどで大量のドジョウを捕まえると、すぐ盆栽仲間に連絡が走った。ドジョウ汁の合図である。1日くらい井戸水でドジョウに泥を吐かせるグループもあるが、それさえ待てない人々もいる。すると、誰かがうどんを打つ。野菜や酒は持ち寄りである。たちまちドジョウ汁を囲んだ宴が始まった。みんな自宅から歩いてこられる範囲である。娯楽の少ない昭和30年代、40年代は、ドジョウ汁は地域の大きな楽しみだった。国分寺町内には、こうした盆栽農家のほかにも、獅子組や自治会単位の集まりなど、ドジョウ汁を楽しむさまざまなグループがある。

伝説的な鍋奉行もいた

 伝統の味だけに、上には上がいる。盆栽部会には、歴代鍋を仕切ってきた伝説的なドジョウ汁の作り手がいる。盆栽の仕事と同じで、先輩から教えられながら作り方を身に付けていく。情報化社会を反映して、ドジョウ汁づくりのレシピを作成した人もいる。入院中の古老から聞き取りした貴重品もある。

生き物と同じで毎日の世話が欠かせない盆栽の仕事は、来る日も来る日も時間に追われる。真夏は酷暑の畑で奮闘し、夏は一日3度、冬は一日1度の水やりが欠かせない。盆栽産地は高松市の国分寺、鬼無地方に集中し、お互いに近くの畑や園で仕事をしているが、会って話したりする機会は意外に少ない。ホッと一息つけるときのドジョウ汁は、今も昔も、何物にも代えがたい楽しみであるようだ。

●編集部より…「ドジョウうどん」は何となく長尾町あたりを中心とした東讃のイメージがありますが、これまでの羽野さんの情報収集によると、「国分寺のドジョウうどん(ドジョウ汁)」は相当の筋金入り! ドジョウうどんの本場論争勃発か?!(笑)

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