さぬきうどんのメニュー、風習、出来事の謎を追う さぬきうどんの謎を追え

vol.59 新聞で見る讃岐うどん

新聞で見る平成の讃岐うどん<平成13年(2001)>

(取材・文: 記事発掘:萬谷純哉)

  • [nazo]
  • vol: 59
  • 2022.12.22

世間は「ミレニアムブーム」、讃岐うどん巡りブームは第一次ピークの真っ只中!

 21世紀に入って日本各地で「ミレニアム(千年紀)」ブームが巻き起こる中、この年も「讃岐うどん」は引き続き全国ネットのグルメ系やレジャー系、トレンド系のテレビ番組で盛んに取り上げられ、讃岐うどん巡りブームは第一次のピーク真っ只中の大にぎわいを見せています。一方、県内の讃岐うどん界では「さぬきの夢2000」がいよいよ初収穫を迎え、開発を進めてきた行政や組合が地元マスコミを使って猛アピールを開始しました。

 ではいつものように、最初に全国ネットメディアに載った「讃岐うどん」関連記事を拾ってみます。

全国ネットの人気情報誌が、相次いで「讃岐うどん特集」を掲載

 まず、この年の雑誌に載った大きな讃岐うどん特集は次の2本。

(1月)
●男性情報誌『BRUTUS』が、「2001年 麵の旅」と題して、カラー5ページの讃岐うどん特集を掲載。監修は麺通団。
<掲載店>おか泉、宮武、山越、中村、山内、わら家、おがわ、鶴丸、松岡、がもう、田村、長田、谷川米穀店、あたりや、彦江

(4月)
●経済情報誌『週刊東洋経済』が、「変貌する四国2県 香川、徳島」という特集の中で「讃岐うどん巡りブーム」を紹介する。

(7月)
●『小説現代』の「東海林さだお・椎名誠の太っ腹対談」が麺通団団長をゲストに迎え、10ページの讃岐うどん対談特集を掲載。

(8月)
●女性情報誌『メイプル』が「さぬきうどんを極めたい」と題して、カラー5ページの讃岐うどん特集を掲載。出演は麺通団団長と平野レミ。
<掲載店>中村、山内、がもう、竹清、山越、宮武、わら家、おか泉、長田

 いずれも「麺通団」絡みの特集ばかりですが、当時、全国ネットの雑誌が讃岐うどん特集を組む際にはほとんどが「麺通団」に問い合わせしてきていたようで、さらに当時の県の担当者も、「県にうどん関連の問い合わせが来たら、たいてい麺通団を紹介していた」とのことでした(笑)。そうしたいろんな問合せに対して、「麺通団」では一貫して「行きたくなるような、差別化された付加価値のある店」を基準に、「特徴ある製麺所型うどん店」と「特徴ある珠玉の一般店」と「特徴あるおもしろい大衆セルフ」を紹介していたわけです。

 ちなみに、『週刊東洋経済』がそのあたりの戦略的な本質を突いた記事を書いていましたので、抜粋再掲しておきます。

経済情報誌も「讃岐うどん巡りブーム」に着目

(『週刊東洋経済』4/28・5/5合併特大号)

安い・うまい・怪しい・探検がブームの秘訣
意表を突くうどん店を紹介、第三次うどんブームを演出

 「讃岐といえばうどん」と言うように、うどんは全国シェアトップの香川県特産品中の特産品。この讃岐うどんが今、大ブレークしている。その仕掛け人と言われるのが、高松のタウン情報誌『月刊タウン情報かがわ』の田尾和俊・前編集長だ。1993年5月発行の単行本『恐るべきさぬきうどん』がきっかけとなって、第三次さぬきうどんブームが始まった。うどん情報を集めるのは「ゲリラうどん通ごっこ軍団」、通称「麺通団」。田尾氏は麺通団の現役団長だ。

 『恐るべきさぬきうどん』が異常なほどのうどんブームを引き起こしたのには訳がある。うどん屋選びの基準がユニークなのだ。「製麺所が作って食べさせてくれるところで、強烈に安い、麺やダシの味がうまい、そして、佇まいが怪しいという三拍子が揃っていること」だという。従って、本に登場するうどん屋はユニークなものばかり。

 「田んぼの中、山の中、民家の中など、およそ周りの風景から見ると全く商売っ気のないところに店がある。建物の中に食べる場所がなくて外で食べるとか、薬味のネギは自分で採ってきて刻む」(田尾氏)など、一般の食べ物雑誌が紹介するうどん屋とは全く違う。また、田尾さんによると、「本に書いた地図も古文書の地図のようにあいまいにして、探検の要素を加味している」のも人気の秘密という。これがレジャー感覚を刺激して、一般の人も「香川はおもしろい」となるらしい。…(中略)…

 このうどんブームにあやかって、5月に部分オープンする「サンポート高松」のイベントでは、田尾さんの麺通団が仕掛け人となって「三拍子」揃った店を登場させる。また、中心市街地再開発計画で注目される丸亀町商店街も、有力な集客施設として「讃岐うどんの殿堂」のようなものを計画。…(以下略)

 
 『週間東洋経済』に載ったということは、「讃岐うどん巡りブーム」が単なるグルメブームではなく「経済現象」として捉えられていたということですが、さすが経済誌、ブームが起きた要因として「うどん屋選びの基準がユニークである」という、プロモーションの“カギ”をちゃんと指摘していました。

「サンポート高松のうどんイベント」と、「丸亀町商店街の“讃岐うどんの殿堂”計画」

 あと、記事中に「サンポート高松のイベント」と「丸亀町商店街の“讃岐うどんの殿堂”」という関連情報が2つ出ていますので、詳細を簡単に補足しておきます。

 まず、「5月に部分オープンするサンポート高松のイベント」というのは、サンポート高松のオープン記念イベントとして5月12日~13日に行われた「サンポート高松オープニングフェスタ」のこと。サンポートの広い空き地部分を使ってステージイベントや物販、飲食ブースを集めて2日間行われたフェスティバルで、その飲食ブースの1つとして麺通団に「うどん店を出してくれないか?」という依頼が来たわけです。そこで、プロデュースを担当することになった筆者は信頼できる参謀に「盛の大将」を従えて、うどんをなるべく打ちたての状態で大量にさばくために、会場のすぐ近くに製麺設備を持っていたJRの「めりけんや」さんとタイアップして「うどんコーナー」を出店しました。ただし、プロデューサーの我々は出すうどんに求めるクオリティのハードルがかなり高いため、現場で「めりけんや」さんの麺やダシや天ぷらにずいぶんダメ出しをして修正しましたが(笑)、その甲斐あって、1日でちくわ天が3000本出る(うどんは4000杯近い売上!)という超絶人気のブースになりました。

 ちなみに、イベント終了後、筆者と盛の大将が「めりけんや」さんの担当者の前で「宇髙連絡船を廃止した跡地をサンポートとして再開発するのなら、連絡船廃止によって消えた“連絡船のうどん”を『連絡船うどん』として駅のホームで再現したらいいんじゃない?」とか話していたのですが、それからしばらくして突然、何の前触れも連絡もなく、高松駅のホームに「連絡船うどん」ができました(笑)。

 もう一つの「丸亀町商店街の“讃岐うどんの殿堂”」というのは丸亀町商店街再開発の当初計画にあった企画です。丸亀町商店街の再開発計画は、当初は今の「G街区(丸亀町グリーン)」からスタートしていて、その時、商店街の担当者から筆者に「最上階フロアに『うどんの殿堂』を作りたい」という依頼が来ました。そこで、「讃岐うどん巡りの超人気店と超人気メニューをローテーションを組んで提供する」「若手うどん職人の登竜門的なスポットに育て上げる(今の漫才の「Mー1」みたいなもの)という2本立ての骨子で事業計画を作り、オペレーションの根回しも進めていたのですが、何やらよくわからない経緯があって開発計画自体が延期になり、5年後の2006年に規模を大幅に縮小して「A街区」の再開発が行われた時には「うどんの殿堂」の企画は消滅していました。

朝日新聞と読売新聞が『恐るべきさぬきうどん』の「新潮OH!文庫」版発刊を紹介

 続いて、全国紙に載った讃岐うどん関連の記事を2本。新聞はその性格からどうしても「ブームの分析」みたいな記事になりますが、まずは朝日新聞に載った特集コラムから。

(6月3日)朝日新聞

『恐るべきさぬきうどん』著者に聞く

 さぬきうどんブームは地元から始まった。「月刊タウン情報かがわ」で89年から続いている連載「ゲリラうどん通ごっこ」が火付け役だ。出版元のホットカプセル社長、田尾和俊さん(45)らでつくる「麺通団」が、穴場をユーモアたっぷりに紹介する探訪記。これまで単行本『恐るべきさぬきうどん』4冊にまとめられ、県内でベストセラーになった。今春までに新潮OH!文庫2冊にもなり、知名度は全国区に。麺通団団長の田尾さんに、ブームについて聞いた。

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 讃岐うどんが注目され、ホームページなどでうんちくを語る“評論家”がたくさん出てきた。ただ、僕らはあまり難しく考えたくないんです。うどんはおいしければ、店探しはおもしろければ、それでいい。歴史も技術も語るつもりはありません。ただの客ですから。店の方も偉そうに構えてないのがいい。だから、僕らも自然体で気持ちよく食べられるんです。

 これまで500店以上を食べ歩きましたが、ダシはほぼ完成されていて今後驚くべき味をつくる店は出てこないような気がします。でも、麺は別。職人の努力次第で、むちゃくちゃうまい麺が生まれる余地はまだあると思います。ただ、うどんは茹でる人が変わっただけでも食感がまるで違ってくる。質を保って大量生産するのは難しい。単価も安いし、ラーメンのようにチェーン展開はしにくい。やはり、本場が一番ということになり、うどん屋巡りの人気はしばらく続くと思います。

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 キリンビール四国支社とホットカプセルは昨年、うどん通10人にさまざまなスタイルの店88軒を選んでもらい、スタンプラリー「讃岐饂飩巡礼八十八カ所」を企画した。4月から半年の期間中に全店制覇したのは121人。うち、23人は県外の人だった。

 名古屋市職員の兵藤徹さん(36)は、週末の1泊2日旅行10回で「巡礼」を達成した。鉄道とフェリーを乗り継ぎ、現地では貸し自転車、レンタカーを使った。1回の旅行費用は約2万円かかったが、食事代は10店回って、うどん以外に天ぷらやおでんを食べても3000円でお釣りがきたという。

 京都市左京区の大学院生、別府護さん(26)は、のんびり派。20回以上かけて、風景を楽しみながらできるだけ歩いた。普段はラーメンを食べることが多いが、さぬきうどんを食べてみて、単純なのに奥が深いことに気づいた。「日帰りでも行ける距離だけど、海を渡るので旅行気分が味わえる。手軽なレジャーとしてもお勧めです」。

 「店探しはオリエンテーリングみたい」と話すのは岡山県総社市の会社員、月本和宏さん(34)。「やっと見つけて食べてみたらハズレの時もある。でも、今度こそと次を目指す。それもまた楽しい」。…(以下略)

 「ゲリラうどん通ごっこ」~『恐るべきさぬきうどん』がブームに火をつけたという基本情報から、『恐るべきさぬきうどん』が「新潮OH!文庫」から全国発売されたことと、「讃岐饂飩巡礼八十八カ所」のスタンプラリーが開催されたことに触れていました。『恐るべきさぬきうどん』の「新潮OH!文庫」版は、第1巻が平成12年(2000)10月に発行、第2巻は平成13年(2001)3月に発行されましたが、第2巻の文庫には香川県観光振興課からの依頼を受けて、「そうだ 香川、行こう。」という、どこかで聞いたことのあるコピーの“帯”が付けられました(笑)。

 一方、「讃岐饂飩巡礼八十八カ所」は『月刊タウン情報かがわ』(ホットカプセル社)が企画した「麺通が厳選した88軒のうどん店を半年間で回る」というスタンプラリーです。2000年4月~9月に行われた第1回は、山陽放送の『VOICE21』がタイアップして、4月、5月、6月、7月、9月、11月の6回にわたって88軒全てのうどん店を紹介するほどの大々的なイベントになり、記事にあるように23人の県外者を含む121人が全店踏破を達成。11月には盛大に「達成者パーティー」まで開催されましたが、地元メディアでは全く紹介されませんでした(笑)。

 続いて読売新聞に、「讃岐うどんブームを受けて東京築地にセルフスタイルの讃岐うどん店がオープンした」という記事が載りました。

(9月3日)読売新聞

讃岐うどん、うまさ全国区 グルメ本ヒット、本場の名店“巡礼”も

 香川名物、讃岐うどんの人気が全国で高まっている。そばが好まれる関東などでもここ1、2年、本場の味と雰囲気をそのまま移植した店が相次ぎ誕生。香川県だけで流通していた「うどんグルメ本」が文庫化され、好調な売れ行きだ。本場の味を求め、四国を“巡礼”するファンも増えている。手軽で安く、しかも本格的な味が楽しめる庶民派グルメは、外食デフレに時代にマッチしているようだ。

 うどんのお椀を抱えた客が、カウンターに置かれた天ぷらを自由に取り分ける。東京・築地市場にほど近いうどん店「ザ・うどんや大将」は、香川で一般的なセルフサービス方式を取り入れた店で、昨年8月にオープンした。うどんの「小」が190円。本場に引けを取らない安さで、味も讃岐に近い。初めて食べた客が「固い」と感じるほどコシが強い麺と、色が薄くさっぱりしたダシが特徴だ。昼時には行列もできる。店主の諏訪部一幸さん(58)は、香川を旅行した際にセルフ式のうどんに出会った。「手軽な値段でおいしいうどんを出すにはこのスタイルしかない」と考え、香川県坂出市の店で修業したという。

 諏訪部さんの例に限らず、首都圏などでは本場香川で修業をした職人が開いたうどん店が急増している。冷たい麺に熱いダシをかける「冷や熱(ひやあつ)」、冷たい麺に冷たいダシの「冷や冷や」など、本場の注文の仕方を導入した店もある。「あそこの店が讃岐に近い」などの情報を交換し合うホームページも多数登場。関東でのファン層拡大を窺わせる。

 都内在住のゲームクリエーター、岸井好弘さん(42)も、そんなファンの一人。1999年にはホームページ「きっしいのうどん日記」を開設。自らが食べた店の紹介、評価を始めた。「最近、本格的な店が増えてきた。このおいしさを多くの人に伝えたい」と話す。

 新潮社のOH!文庫で昨年10月発売の『恐るべきさぬきうどん』も人気上昇に一役買っている。情報誌『月刊タウン情報かがわ』掲載の話題店を紹介する人気コラムを本にし、香川県内だけで販売されていたものを文庫化したもので、今年3月発売の続刊と合計で10万部売れるヒットとなった。同書に触発され、香川の名店を訪ね歩く旅に出る県外客も多い。最近本場を旅した東京都内の会社員、小川正太郎さん(31)は、「駐車場に並ぶ自動車の多くが県外ナンバー。人気の広がりに驚いた。友人とまた名店巡りをする計画を練っている」と話している。

 ここでも『恐るべきさぬきうどん』の「新潮OH!文庫」版が取り上げられていました。『恐るべきさぬきうどん』は1993年~2002年にかけて全5巻、合計約10万部がほぼ香川県内で発行されて讃岐うどん巡りブームを巻き起こしましたが、2000年~2001年には文庫で全国に10万部発行され、2段ロケットで讃岐うどん巡りブームに拍車を掛けたわけです。

 そして、築地にセルフスタイルの「ザ・うどんや大将」が登場しました。「はなまるうどん」や「めりけんや」が東京に出店するのは翌平成14年(2002)ですから、東京の「さぬきのセルフスタイルのうどん店」は「ザ・うどんや大将」の方が早かったようです。ちなみに、「冷たい麺に熱いダシをかける『冷や熱(ひやあつ)』、冷たい麺に冷たいダシの『冷や冷や』など、本場の注文の仕方を導入した店もある」と書かれていますが、香川で「ひやあつ、ひやひや」というメニュー名を使っているのは当時も今も“宮武ファミリー”の数軒だけ。しかし、全国ネットのメディアはどこでどう勘違いしたのか、すっかり「ひやあつ、ひやひや」が「本場の注文の仕方」だと思い込んでいたようです。

高松市中央公園と栗林公園で「新世紀宣言」イベント開催

 ではここから、地元四国新聞に載ったうどん関連記事を拾っていきましょう。まず、21世紀に入った1月1日に、香川県がさっそく高松市中央公園と栗林公園で「新世紀宣言」イベントを開催。プログラムには「うどんイベント」も入っていました。

(1月1日)

“観光香川”復活を 高松・新世紀宣言大会 各地でイベント盛り上げ

 21世紀は観光香川の時代。元気で魅力ある香川を全世界にアピールしようと、県は1日、観光香川新世紀宣言を打ち出す。高速道路網の伸展と本四3橋時代は迎えたものの、瀬戸大橋開通ブーム以降の入り込み客数はじり貧状態。県は、世紀越えイベントを手始めに、観光香川復活へのろしを上げる。

 新世紀のスタートを飾る1日は、午前0時5分から高松市中央公園で「観光香川新世紀宣言大会」を開催。高松ゆめ大使が高らかに宣言した後、歌や踊りなど郷土芸能が披露される。また栗林公園では、午前7時から祝賀イベント。21世紀の香川と20世紀のニューヨークをテレビ会議システムで結んだ映像ライブ、うどんフェスタなどで新時代の到来を祝う。31日には県観光振興課の職員ら約50人が両会場で設営。夜を徹してイベントの準備を整えた。

 別報によると、「うどんフェスタ」と題したプログラムでは「うどん大食い競争」と「さぬきの夢2000試食会」が行われたようですが、あまり大きな話題にはなっていませんでした。ちなみに、「さぬきの夢2000」はこの年の6月に初収穫になるので、この試食会で使われたのはそれまでに試作された小麦ではないかと思われます。

政府主催の「インターネット博覧会」で、香川は麺をテーマにした「メンパク」を実施

 全国レベルの“ミレニアムイベント”として、政府主催の「インターネット博覧会(インパク)」が開催されました。「インパク」はネット上の博覧会で、全国の自治体や民間企業がネット上の「インパク」のサイト内にパビリオン(要するにネットサイト)を作り、みんながそこにアクセスして見るというイベントでしたが、鳴り物入りで始めたけど、あまり盛り上がらずに終わってしまったようです。で、香川県のサイト「メンパク」もあまりアクセスされなかったという記事が。

(2月10日)

「メンパク」利用伸び悩み 1月末のランキング、264団体中110位と苦戦

 昨年12月31日に開幕した政府主催のインターネット博覧会(インパク)で、パビリオンを出展している県のホームページの利用状況が明らかになった。1月末時点のアクセスランキングは264団体のうち110位で、同じ四国の高知県が2位に食い込んでいるのと比べると芳しくない。県は「インパクそのものの話題性が低いので、真ん中より上でも喜べない。もっと見てもらうために、早急に改善する」と話している。

 県のパビリオン「メンパク」は、麺をテーマに、讃岐に息づくうどん文化をPR。うどんのルーツやうどんづくりを盛んにさせた風土をたどる「うどん・そうめん探検隊」、ラーメンやパスタなど和洋中の麺料理をレシピを添えて紹介する「世界の麺料理」などが掲載されている。メンパクへの9日時点でのアクセス総数は2万4000件あり、1日平均では延べ約590人がHPを見た計算。オープン当初は1日1000件以上のアクセスが続いていたが、ここ数週間は500件前後で推移。内容が開設以来更新されていないため、じり貧状態に陥っている。内容別では、「うどん・そうめん探検隊」のうどん王国讃岐のルーツをたどるコーナーや、ユニークな「うどん占い」は好評。しかし、レシピ集はほとんど利用がないという。

 その他の自治体では、高知県がトヨタ自動車に次いで堂々の2位。埼玉県が11位、愛知県が20位と検討している。このうち高知県は、知事室や路面電車の車窓風景の中継などを取り入れているのが人気の理由とみられ、他にも簡単なゲームを楽しめるサイトが支持を集めている。県は「今年中には大幅にリニューアルする予定。うどんのことならここと言われるようなページにし、後でデータベースとしても使えるようにしたい」と意気込んでいる。

 記事にあるように、香川県のサイト「メンパク」の内容は、主に讃岐うどんとそうめんの歴史や文化の紹介がメイン。そこに「うどん占い」や「レシピ集」を添え、たぶんそれではボリュームが足りないので「世界の麺料理」なんかを入れたのだと思いますが、残念ながらワクワクするようなコンテンツにはならなかったようです。

高松三越の70周年イベントに「讃岐うどん巡りブーム」のレジェンド店が大集合

 「人気うどん店が一堂に介する」という、ブームの中で“ありそうでなかった”イベントが、三越高松店で「日替り出店」という形で開催されました。

(3月14日)

70周年イベント第2弾始まる 穴場うどん店人気(三越高松店)

 高松市内町の三越高松店で13日、開店70周年記念イベントの第2弾がスタートした。県内の穴場うどん店などが出店する「あの店この店大集合」の他、幼稚園児が描いた夢のお子様ランチの絵画展などが開かれ、大勢の買い物客でにぎわっている。

 新館5階の催物会場で開かれているあの店この店大集合では、18日までの期間中、穴場うどん店6店が日替わりで出店。初日はうどんブームの火付け役となった綾上町の「山越」がお目見え、300玉が3時間半で売り切れた。他にも、人気うどん店に商品を納入するてんぷら店やお遍路さん御用達のおはぎ店など計40店が軒を並べ、主婦らが讃岐ならではの味に舌鼓を打っていた。…(以下略)

H13広告・あの店この店

 三越高松店の開店70周年記念イベントの一つとして、あの山陽放送の『VOICE21』がタイアップした企画です。出店ラインナップを見ておわかりのように「讃岐うどん巡りブーム」を牽引した超人気レジェンド店が名を連ね、さらにいずれも「名人大将が出てきて会場でうどんを打つ」という豪華な仕立て。こんな顔ぶれを揃えられること自体、『VOICE21』が讃岐うどん巡りブームに誠実に関わってきたことの証です。

高松まつりの「うどリンピック」は2年目

 前年から模様替えをした高松まつりの「うどリンピック」が、2年目を迎えました。この頃の県下の恒例うどんイベントは、丸亀お城まつりの「さぬきうどん早ぐい・大ぐい競争日本一決定戦」と、高松まつりの「うどリンピック」と、長尾町の「どじょ輪ピック」の3つです。

H13広告・うどリンピック

「さぬきの夢2000」の初年度収獲が始まる

 そしていよいよ、「さぬきの夢2000」の初年度収獲が始まりました。

(6月5日)

“純血”讃岐うどん、間もなくお目見え 新品種小麦の収穫始まる(三木)

 県農業試験場が昨年開発した小麦の新品種「さぬきの夢2000」が実りの季節を迎え、三木町田中で3日、栽培農家が刈り取り作業を始めた。作業のピークは7、8日ごろで、県は80トンの収穫を見込んでいる。収穫された小麦は製粉会社を経て製麺会社に販売。年内にも県産の新しい小麦を使った讃岐うどんがお目見えしそうだ。

 さぬきの夢2000は、県が生産規模などから三木町を試作地に選び、19戸の農家が昨年11月から23ヘクタールで栽培。来年以降の種子を確保するため、種子用の麦が他品種と混同しないよう細心の注意を払い、予防などに当たってきた。好天に恵まれたこの日は午前中、栽培農家の多田孝夫さん(52)がコンバインなどを使い、畑一面に広がった小麦の刈り取り作業を行った。…(以下略)

(8月28日)

うどん用小麦「さぬきの夢2000」、作付面積4倍に 高松で200人推進研修会

 県内の2002年産麦類の生産計画について協議する県麦づくり推進研修会が27日、高松市林町のサンメッセ香川で開かれた。県農業試験場が開発し、今年から生産が始まったうどん用小麦「さぬきの夢2000」の作付面積を約4倍に増やすなど、麦類の積極的な生産拡大を図ることを申し合わせた。会には生産農家や農協、県関係者ら約200人が出席。県担当者からは生産振興方針や支援制度、さぬきの夢2000の栽培上の注意点などについて説明があった。

 …(中略)…さぬきの夢2000の生産地は、今年生産を始めた三木町に加え、仲多度郡と高瀬町にも広げる。作付面積は23ヘクタールから100ヘクタールとなり、生産量も66トンから350トンに増える見通し。県は「04年度までに生産地を県内全域に広げたい」としている。席上、県生麺事業協同組合の香川政明理事長は「讃岐うどんと小麦」と題して講演。「さぬきの夢2000はうどん用として最適」と太鼓判を押し、うどん業界として生産拡大を歓迎した。

 「さぬきの夢2000」の生産は三木町で始まり、そこから仲多度郡、高瀬町へと広がっていったようです。初年度の収穫量は、収穫が始まった頃の6月5日の記事には「80トンを見込んでいる」とありましたが、収穫が終わった後の8月28日の記事には「66トン」となっていました。しかし、当時の香川県で使用されていたうどん用小麦は6万数千トンと言われていましたから、「さぬきの夢2000」の初年度産はうどん用小麦粉の0.1%程度の量でスタートしたようです。ちなみに、組合の香川理事長が「さぬきの夢2000はうどん用として最適」と太鼓判を押したそうですが、残念ながら当初は「さぬきの夢2000」を使ったうどん店から「扱いにくい」という苦情が相次ぎました。

「さぬきうどん品評会」に「さぬきの夢2000の部」が新設される

 香川県と県生麺事業協同組合が主催する「さぬきうどん品評会」に、さっそくこの年から「さぬきの夢2000の部」が新設されました。

(9月5日)

出品うどん事業者募集 県が来月に品評会

 県は、さぬきうどんの味やのどごしを競う「さぬきうどん品評会」に出品するうどん事業者を募集している。品評会は、県の特産さぬきうどんの消費拡大や品質向上を目的に1979年から毎年開催。県内にうどん事業所を持つ全員を対象に応募する。募集は、
●ゆでうどん
●「さぬきの夢2000」を利用したゆでうどん
●生うどん
●機械打ち乾燥うどん
●手打ち乾燥うどん
の5部門。…(以下略)

 「さぬきの夢2000」は前年の記事では「平成14年(2002)、本格的な販売開始予定」とありましたが(「平成12年」参照)、2001年に品評会の部門になっているということは、かなり前倒しで世に出したのかもしれません。

全国の有名うどんを集めた「2001全国うどん交流会」が開催される

 香川県が「さぬきの夢2000」のPRイベントとして、全国の有名うどんを集めた「2001全国うどん交流会」を開催しました。

(11月4日)

本場のうどん食べ比べ 全国6産地が交流(高松)

 全国のうどんどころ6産地の自慢の麺が一堂に会する「2001全国うどん交流会」が3日、高松市内のホテルであり、うどん好きの”讃岐っ子”がそれぞれの本場の味を堪能した。交流会は、県などがうどん用の県産小麦「さぬきの夢2000」のPRを目的に初めて開催。讃岐うどんの他、

▽細麺でさらりとした舌触りの稲庭うどん(秋田)
▽幅のある太麺で野菜と一緒に煮込むほうとう(山梨)
▽麺のコシの強さが有名な館林うどん(群馬)
▽太麺でだしをまぶしながら食べる伊勢うどん(三重)
▽カラリ麺にとろりとしたあんかけの皿うどん(長崎)

の6種類が集結した。実演販売が行われた「全国うどん屋台」では、麺の太さやコシの違いを食べ比べようと、訪れた家族連れらが数種類のうどんを買い求め、「おらが本場」の味に舌鼓を打っていた。讃岐うどんのブースは、さぬきの夢2000を使用。約500食を手際よく手打ちする職人の卓越した技が来場者を魅了した。パネルディスカッションは、「うどんが育むふるさと文化」がテーマ。6県の製麺業者の代表らがそれぞれのうどんの歴史や特徴などをアピールし、「昔ながらの技を継承するため、手打ち体験などの教室を数多く開くべき」と伝統の食文化の普及について熱弁。「全国のうどんの名産地が集まり交流する機会を持ちたい。ぜひ来年も」と、今後もうどん交流をすすめることを誓った。

 秋田の「稲庭うどん」、山梨の「ほうとう」、群馬の「館林うどん」、三重の「伊勢うどん」、長崎の「皿うどん」に、香川の「さぬきの夢2000」を使った「讃岐うどん」の6ブースを集めた「全国うどん屋台」に、パネルディスカッションをくっつけたイベントです。群馬には「日本三大うどん」の一つと言われる「水沢うどん」や前年に香川に視察隊を送り込んできた「桐生うどん」がありますが、そのどっちも呼ばれずに(呼んでも来なかったのか?)、それらと並んで“群馬三大うどん”の一つと言われる「館林うどん」がやってきました。

 そして、讃岐うどんのブースでは「さぬきの夢2000」を使ったうどんが500食出されたようです。品評会に、イベントに、県と組合が一丸となって「さぬきの夢2000」を売り出しにかかりました。

「全国レクリエーション大会INかがわ」で麺文化のトークセッション

 日本レクリエーション協会主催の「第55回全国レクリエーション大会」が香川で開催され、その中のプログラムで「讃岐うどん」と「久留米ラーメン」のトークセッションが行われました。結果記事が載っていなかったので、案内記事だけ再掲しておきます。

(8月27日)

地域の魅力存分に 源内、うどんでセッション 全国レクリエーション大会INかがわ(10月26~28日)

…(前略)…10月27日は平賀源内の研究家を講師に招き、博物学、戯作文学など広い分野にわたって活動し、発明・発見の元祖として今なお人々を魅了する平賀源内にみる創造の原点を探ります。このセッションを受け、身近な素材を生かした平賀源内のエレキテルづくりや静電気発生、発電の仕組みを学ぶ親子体験学習も開きます。また、奥が深い「恐るべきさぬきうどん」と「久留米ラーメンルネッサンス」の戦略が聞き逃がせない「麺文化で街が活性化する」をテーマとしたセッションなども開催します。…(以下略)

 過去のスケジュール帳を確認すると、讃岐うどんと久留米ラーメンのトークセッションには筆者が出演していたらしいのですが、その内容どころか、行ったことすら全く覚えていませんでした(笑)。

讃岐うどんに向けた“人の声”が3本

 讃岐うどんへの思いを語る“人の声”が3本見つかりました。まずは、「味の素」の今井支店長が四国新聞に挨拶文を寄せていました。

(3月15日)

コラム「支店の街」…衝撃的出会いはうどん(味の素四国支店長・今井良輔さん)

 昨年7月に高松へ赴任して以来、はや8カ月が過ぎました。…(中略)…食いしん坊の私にとって衝撃的な出会いがありました。それは讃岐うどんです。日本一、いや世界一の麺。讃岐うどんのお店は、新参者の私見ですが、大きく3タイプに分かれます。Aタイプ「観光客向けの店」、Bタイプ「地元の人が行く街のお店」、Cタイプ「セルフサービスのお店」。特にCタイプは、めっぽうおいしく、めっぽう安い「讃岐うどん」のルーツを思わせます。時間や場所、状況に応じて、その時最もふさわしいタイプのお店で楽しませていただいてます。…(中略)…「四国霊場八十八カ所巡礼」にもチャレンジしていますが、少なくとも「讃岐うどん八十八ヵ店巡礼」は、「お札」代わりに「味の素」の卓上瓶を持参し、高松在任中にぜひ完遂したいと思っています。

 今井支店長は本当に讃岐うどん巡りにはまってしまったそうで(笑)、翌年何と、「讃岐うどん巡礼88カ所企画」のスポンサーのキリンビール四国支社に掛け合って共同スポンサーになりました。

 続いて、真鍋県知事と香川短大の北川学長と加ト吉の加藤社長による「ふるさと鼎談」で、うどんの話題が出てきました。

(8月15日)

「ふるさと鼎談」…香川の食、残したい伝統の味覚

 (前略)…
真鍋 県農業試験場(高松市仏生山町)は「讃岐うどんを県産の小麦で作ろう」と小麦の品種改良に取り組み、新品種「さぬきの夢2000」の開発に成功した。これを使って本場の讃岐うどんを広めたい。…(中略)

加藤 讃岐うどんに使う小麦は、ほとんど海外から入っている。「さぬきの夢2000」は楽しみだが、量的に少ない。

北川 オーストラリアは、うどんの存在を知り、10年かけ、うどんに合う小麦を開発した。一方、県は1991年から小麦の品種改良に取り組んできた。小麦の品種改良は難しく、国に任すべきだと思ったが、成功した。今年の生産量は、うどんに換算すると100万食分だが、来年には一般の県民も食べられるのではないか。

真鍋 香川は土地が狭いため、付加価値を付けて高く売れるブランドをつくらなくてはならない。香川型農業として、高付加価値農業を広めたい。

加藤 香川の農業は年間1000億円の生産。これを維持するのが精いっぱいではないか。…(中略)…香川の農業振興には、非常に苦慮しているのが実態だ。とにかく土地が狭い。コメの栽培面積でみると、アメリカのアーカンソー州では1農家が1000町歩の農業経営者もいる。観音寺市は2500農家で1000町歩。1農家が5反作って約60万円の生産だ。なのに、農機具に400万円をかけており、所得バランスが取れていない。だから、後継者ができない。所得を安定させるには、耕作面積をどう広げるかという問題がある。これは地方の問題だけでなく、国の政策にも懸かってくる。国は食料自給率は40%から45%に上げるとしているが、国としての対策をはっきりするべき。物価をとるのか、所得をとるのかを。

真鍋 農業を産業として考えると、経営者と労働者の両面を兼ね備えねばならない。土地の広さや需要動向などの条件を見て、採算のとれる企業的経営が必要だ。そうすれば、後継者もできる。昔のように朝から晩まで働けば、どうにかなる時代ではない。技術や経営感覚など、総合的な力が必要な産業になった。…(以下略)

 それぞれの発言内容を見ると、「政治家」と「学者」と「ビジネスマン」の発想や考え方の違いがとてもよくわかります。そして、うどんの思い出の読者投稿が1本。

(9月15日)

投稿…父とうどん(長尾町・47歳女性)

 父は明治43年生まれ。生きていれば今年91歳になる。9月18日に早くも一周忌を迎える。父のうどん好きは親戚内でも有名で、自分でもよく作っていた。祭りはもとより、みんなが集まる時など、ことあるごとに打っては振る舞ってくれた。小さい頃には私も父の背中におぶさって、一緒にうどんを踏んだものだ。打ち込みうどんもよく作ってくれた。いろんな野菜が入り、時には私の苦手なドジョウも入っていたりしたが、とてもおいしかった。おくどさんのお釜で炊いた熱々の打ち込み。あの懐かしい味は今でも忘れられない。父は嫁入り道具の一つに、打ち板と麺棒を持たせてくれた。ここ10年以上は使うことなく、しまったままで自分で作ることはないが、うどん好きは父から私、そして息子たちへと、しっかり受け継がれている。…(以下略)

 「嫁入り道具にうどんの打ち板と麺棒を持たせてくれた」という話が出てきました。逆算してみると、おそらく昭和50年頃にはこの風習がまだ残っていたということになります。

讃岐うどん巡りブームで香川の“観光マップ”が変貌しつつある

 そして、年末に四国新聞記者の「年忘れ取材余話」として、讃岐うどん巡りブームが語られていました。

(12月18日)

2001 年忘れ取材余話/さぬきうどん、県外グループ客が急増

 のどかな田園風景が広がる片田舎の製麺所に長蛇の列。建物は納屋風で簡素。目立った看板もなく、思わず素通りしてしまいそう。だが、開店時間にもなると様相は一変。マップを片手にさぬきうどんを食べるためだけに香川を訪れる県外客などがどっと押し寄せる。広い駐車場には大阪、神戸、岡山など県外ナンバーの車が約3割を占める。本場ならではの落ち着いた雰囲気が人気の秘密だ。大半の客が「地元でしか体験できないコシの強さと、一杯100~200円という値段の安さに驚かされる。高速道路料金を払う価値は十分にある」といって次の店に急ぐという。

 県内屈指の名店の一つといわれる綾上町羽床上のうどん店。土曜日の昼時は、200人以上の列ができる。15日に大阪から来たという5人グループは午前7時に車で出発して香川入り。うどん店6軒を回って帰宅するという。「旅行気分が味わえ、値段も安いので、何だか得した気持ちになる」と魅力を語る。東京から飛行機で来てその日のうちにUターンするグループ、泊りがけで来て、胃腸薬を飲みながら1日に10軒近くを回るグループなど行動はさまざまだ。

 ブームの起爆剤になったのが、出版社発行の『恐るべきさぬきうどん』。編集者らが県内のユニークな店を体験談をもとに紹介しており、うどん愛好家のバイブルともいえる存在。体験者の”おいしい情報”がインターネットを飛び交ってファンの心理をあおり、急増しているのが理由のようだ。瀬戸大橋3橋時代の到来で、700店舗を数えるうどんの本場の”観光マップ”は大きく塗り替えられつつある。

 そういうわけで、「讃岐うどん巡りブーム」の話題が1年の締めくくりのテーマになるほどの、2001年でした。

うどん関連の新聞広告は、年間66本に激減!

 この年のうどん関連広告は、過去最少の66本。年末恒例のうどん店の集合広告がなくなり、毎年「かな泉」や「さぬき麺業」が入っていた「交通安全」や「献血」のタイアップ広告からも、うどん店の名前が消えていました。

 振り返ってみると「讃岐うどん巡りブーム」に沸き立ち始めて以来、ブームに反比例するようにうどん店の新聞広告が減っています。かつてより「広告」とはほとんど無縁だった田舎の「製麺所型うどん店」が脚光を浴び始めたことで、中堅~大手の「一般店」に勢いがなくなってきたのか、あるいはうどん業界が新聞に広告媒体としての価値を見出さなくなってきたのか…。ちなみにこの頃、昭和の讃岐うどん界の頂点に君臨していた「かな泉」は、諸事情があって創業社長は退陣し、既に経営体制が変わっていました。

<県内うどん店>
【高松市】

「かな泉」(高松市大工町他)…………8本
「はすい亭」(高松市番町他)…………4本
「こんぴらや」(高松市林町他)………2本
「さか枝」(高松市番町)………………1本
「川福」(高松市寿町)…………………1本 7月26日高松駅前店オープン
「さぬきうどん」(高松市栗林町他)…1本
「丸山製麺」(高松市宮脇町)…………1本
「田中」(高松市林町)…………………1本
「いろり家」(高松市上林町)…………1本
「てら屋」(高松市檀紙町)……………1本
「北山うどん」(高松市鬼無町)………1本
「ヨコクラうどん」(高松市鬼無町)…1本

【東讃】

「郷屋敷」(牟礼町)……………………2本
「権平うどん」(白鳥町)………………1本
「六車」(白鳥町)………………………1本
「吉本食品」(大内町)…………………1本
「麺喰」(三木町)………………………1本 9月1日オープン
「寒川」(三木町)………………………1本
「かわたうどん」(香南町)……………1本

【中讃】

「小縣家」(満濃町)……………………2本
「いきいきうどん」(坂出市京町)……1本
「日の出製麺所」(坂出市富士見町)…1本
「讃岐の里」(宇多津町)………………1本
「塩がま屋」(宇多津町)………………1本 11月30日オープン
「まごころ」(丸亀市蓬莱町)…………1本
「千徳」(丸亀市土器町他)……………1本
「四國館」(善通寺市与北町)…………1本
「夢咲亭」(綾南町)……………………1本
「まえば」(綾歌町)……………………1本
「サヌキ食品」(綾歌町)………………1本
「こんぴらや」(琴平町)………………1本
「こんぴらうどん」(琴平町)…………1本

【西讃】

「渡辺」(高瀬町)………………………1本
「将八」(観音寺市他)…………………1本

<県内製麺会社>

「石丸製麺」(香南町)…………………3本
「日糧」(詫間町)………………………3本
「大山製粉製麺所」(大川町)…………2本
「サンヨーフーズ」(坂出市林田町)…2本
「大喜多製粉所」(宇多津町)…………2本
「冨田屋」(高松市川部町)……………1本
「久保田麵業」(綾歌町)………………1本
「大庄屋」(琴平町)……………………1本
「植田製麺所」(高松市仏生山町)……1本

<その他うどん業界>

「香川県生麺事業協同組合」……………3本

(平成14年に続く)

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