御飯が足りないときの打ち込みうどん
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うどんは白い御飯が足りない場合に、補食として食べることが多かった。晩御飯の際、用意するおかずと白米だけではお腹がいっぱいになりそうにないとき、祖母が打ち込みうどんを作ったものである。
当然、本格的なうどんとはほど遠い。おかずを作る準備もあるので、手早く片手間で仕上げなければならない。だから、麺は足踏みを一切行わず、水で溶かした小麦粉を手で捏ねて切っただけのもの。大根や揚げ、白菜、春菊などの具は大まかにザクッと切るだけだ。調理に30分は掛からなかっただろう。
出来上がった打ち込みうどんは、団子汁と呼んでも差し支えがないほど粘り気のある料理だった。麺は角が取れたきしめんのようで、具もトロトロ。御飯の上にかけて食べることもあった。
ちなみに、小麦粉や野菜などの具は家が農家をしていたのですべて自前。ただ、小麦をどのようにして粉にしていたのかは分からない。
節目の日は製麺所の麺で
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打ち込みうどんとは別に、製麺所のうどんを食べることもあった。それは、法事や祭りがあるときや、盆と正月、親戚が家にやって来るときなどだ。
利用した製麺所は、川島の幼稚園の前にあった「長町」という名前の、なぜか傘屋も一緒にしていた一軒である。夏になるとかき氷も販売していたが、その店に小麦粉を持って行くと、うどん玉に換えてもらうことが出来た。加工賃も必要だったがツケで払っていたようで、お遣いでたびたび店を訪れたものの、お金を持って行った記憶はない。
店から手に入れた麺は打ち込みではなく、オーソドックスにかけやつけで食べた。そして、ちらし寿司や野菜の天ぷら、家で飼っている卵を産まなくなった鶏を捌いて、うどんのおかずにした。とりわけ、天ぷらは一度に大量に作り、何日か分の晩御飯のおかずになったことを憶えている。
打ち込みうどんと製麺所のうどん、タイプはまったく異なるが、どちらも家族の思い出が詰まる忘れられない味だ。